とある世界の辺鄙な森で。
―ザワザワと風に吹かれる木々の音。春を告げる小鳥のさえずり。心地よい音とともに目覚めた彼女は、少し伸びをしてから立ち上がり、辺りを見渡した。
はて、ここは一体どこだろう、と。確か、昨日は学校から帰り、疲れから直ぐに仮眠を取るつもりで布団に直行して…そこからの記憶が無いが、大方そのまま寝てしまったのだろう。ならば少なくとも自分の家にいるはずだが、明らかにそうでは無いことは見ればわかる。となると次に考えられるのは、ここが夢の中だという事だ。それにしてはやけにリアルな気もしなくもないが、まさか異世界に飛ばされたと言うわけでもないであろうし、彼女、染井春香はそう思う事にした。 そうして自分の現状を整理した春香は、ひとまず散歩でもしてみる事にした。都会では見られない深い森の中は、彼女の好奇心をくすぐるにはあまりある程に秘密を隠しているように思えたし、何よりもじっと一所に留まっている事は彼女の性分には合わなかったのだ。フラフラと当てもなく歩いていると足元の若草がカサカサと音を立て、息を吸えば深緑の澄み切った空気が胸に染み入るようで、まさに森の中という環境に、春香は久しくこの様な自然に触れて無かったことを思い出す。元来、家でじっと勉強をするより外で友人と遊ぶ方が好きであった春香は、ここ数ヶ月の学校と家を往復するだけの生活に嫌気をさしていたところであり、そんな彼女がこの様な夢を見るのはごく自然であると言えるだろう。当の本人はその様な事は全く考えず、今の状況に身を委ねてあるがままに彷徨っているのだが。 さて、そうやって何時間彷徨った事だろう。ほのかに日が暮れ始め、夜の兆しが見え出してから、春香は一抹の不安を覚え始めた。夜をどうやって過ごそうかと。暗い森をうろつくのは危ないというのは至極全うな事ではある…が、その前に思うところがあるのではないかと思うのだが、彼女にとってはそのような事よりこの世界で生活していく事の方が大事なようだ。今の所人の気配はなく、遭難中と言っても良い見知らぬ森の中での夜。この様な状況では普通の人なら不安になり、また春香もいくばくかの不安が無かったわけではない。しかし、それよりもある種の興奮が彼女を沸き立たせた。自然の中での暮らしに憧れ、幼い頃からサバイバルブックを愛読書として持ち歩き、部活では山岳部に所属し実践を積み、自らの持つ知識をフルに活用して活計を立てる事が夢だった彼女にとって、この状況はまさに夢の様な状況であった。
そうとなれば行動は迅速に。手近な土が露出している場所を見つけると、落ちている葉や枝に小石を拾い集めて中央に軽く組み、いつもこっそり持ち歩いている小さなサバイバルナイフと笛、ペンライト、火打ち石などといったサバイバルグッズを取り出す。そして慣れた手付きで火打ち石を打ち、枯れ葉に火をつけると、小さな焚き火が出来上がる。これでまずは明かりを確保出来た。食事は手持ちの補給食を食べることにして、寝床は枯れ葉の溜まった近くの木の根の間にする事にした。夜を過ごす為の明かりと食事、仮の寝床を決めてこれで大丈夫だろうと一息つくと、安心感からか急にお腹が減ってきた気がした。ので、夜食を取ることにする。袋を開け、ブロック状の柔らかいクッキーの様な補給食を一口食べると、口の中の水分が持っていかれる感じがした。明日は水を見つけないといけないな、などと考えながら食べ終えると、微かに獣の遠吠えが聞こえてきた。声音からして狼であろうが、如何せん遠すぎるのかよくわからない。距離的にも一晩でこちらに来る事は無いだろうと判断し、その微かに聞こえた鳴き声を頭の中で反復しながら、火に枝を追加する。例え夢だろうと、普段の生活では出来ない体験が出来た事に幸せを感じつつ、焚き火が照らす暗闇に包まれた森で、夜が更けていく中を過ごしていくのであった。
あとがきなど
このシリーズは学生のころに書き始めて途中でエタってるものです。気が向いたら続編が生えます。